2016年12月11日日曜日

奈良生駒宝山寺と西大寺、大和郡山市の寺社

この日は奈良の宝山寺から大和郡山市まで巡る日。
まずは近鉄電車にて生駒駅へ。ここから生駒のケーブルに乗り換える。
生駒のケーブルカーは大正7年に開業した日本で最初のもの。また宝山寺までの線は複線というのも日本唯一とのこと。よっぽど昔は宝山寺への参拝客が多かったのだろうな。
車体はネコとイヌの形に模したものでインパクト大である。

生駒ケーブルカー ミケ号
宝山寺駅で下車し、歩く。

宝山寺 鳥居
鳥居の扁額に歓喜天と書かれている通り、歓喜天を祭るお寺である。日本三大聖天の一つらしい。
本堂、聖天堂、多宝塔、観音堂、大黒堂、奥之院など、たくさんのお堂がある。

宝山寺 山門

宝山寺 本堂
宝山寺 多宝塔

宝山寺 観音堂

宝山寺の御朱印(御本尊)

宝山寺の御朱印(不動明王)

宝山寺の御朱印(愛染明王)
宝山寺は近畿不動尊、西国愛染のそれぞれの霊場でもあり、御朱印もそれぞれある。

宝山寺 奥之院への道
ケーブルカーは複線なので、離合する箇所では4線ある
次は近鉄に乗って西大寺へ。

西大寺 四王堂
西大寺創建の元になった称徳天皇誓願の四天王像をまつるお堂である。江戸前期の再建の建物らしいが、結構新しめできれいな感じに見えた。

西大寺 本堂
西大寺四王堂の御朱印
西大寺の御朱印(御本尊)
西大寺愛染堂の御朱印
西大寺大黒堂の御朱印

次は大和郡山市へ移動。駅から歩いて大和郡山城址へ行く。
ちょうどお城祭りというのをやっていて、参道にはいろんな屋台が出ていて、お客さんもたくさんいて賑わっていた。

柳澤神社
柳澤神社は柳澤吉保公を祀っている。吉保公の子の吉里公が郡山城主を勤めていたとのこと。

柳澤神社の御朱印
郡山駅方面に戻り、JRの駅に向かって半分ほど歩いたあたりに薬園八幡神社がある。
御朱印をいただいた後、神社のいろいろ見るべきものを説明してもらった。本堂の中の画も珍しいものらしいが、どういうものか忘れてしまった。

薬園八幡神社
薬園八幡神社の御朱印
ここから少し歩いたところに源九郎稲荷神社がある。
義経千本桜に出てくる源九郎狐が由来とのことで3代目・4代目市川猿之助さん、6代目中村勘九郎さんも参拝されたとのこと。
このブログを書く際に改めて源九郎稲荷神社についてネットで検索してみると、神社を守っているスタッフの方のブログを見つけて、大変な道のりの話しに思わず見入ってしまった。


源九郎稲荷神社 鳥居
源九郎稲荷神社 社殿
源九郎稲荷神社の御朱印
さて、最後は郡山八幡神社。源九郎稲荷神社から歩いて5分くらいのところにある。神社の目の前には有名な「金魚を入れた電話ボックス」があった。

郡山八幡神社 鳥居


郡山八幡神社 社殿

郡山八幡神社の御朱印
さてこの日の寺社巡りは終わり、大阪に戻る。
梅田で気になっていた立ち飲み屋に行ってみる。
東通り商店街にある「立ち飲み じんべえ」。日本酒と魚介がなかなかおいしいお店だった。

立ち飲み じんべえ (東梅田)




紀ノ川沿いの寺社(和歌山県九度山町~奈良県五條市)

この日は紀ノ川沿いの寺社を車で巡る。
まずは九度山町の真田庵から。正式名は善名称院とのこと。大河ドラマで真田丸をやっていることもあり、真田家ゆかりの地でもある九度山町も観光客が多め。
九度山の町内は狭く、駐車場もほとんどないので九度山町の役場の駐車場に車を止めて、町内まで歩く。

善名称院(真田庵) 本堂
真田地主大権現
寺のあちこちに六文銭の印がある。境内に真田地主大権現の神社もある。真田家の宝物の毘沙門天と真田家三代の御霊を合祀しているとのこと。

善名称院(真田庵)の御朱印
ここは尼寺ということもあり、女性の方に御朱印を書いていただいた。

次は紀ノ川をさかのぼって隣の橋本市、学文路へ。国道から山の中へ入ったところに学文路天満宮がある。
道真公に直接の由来があるということではなさそう。
京都の北野天満宮を建立する際に時の天皇の村上天皇が「日本国中の一郡につき必ず一社の天満宮を鎮座せよ」と命令して創建されたという。このあたりの伊都地方でただ一社の天満宮だそうだ。また本殿は北野天満宮に向かって建てられているらしい。

学文路天満宮 拝殿
学文路天満宮 本殿
学文路天満宮の御朱印
今度は地蔵寺(通称:子安地蔵寺)へ。大阪へ抜ける紀見峠方面に戻り、途中の山中にある。
関西花の寺第二十四番でもあり、境内にいろんな草木が植えられている。まだ3月なので少ないが、椿などが咲いていた。

地蔵寺 本堂
地蔵寺の御朱印
さらに紀ノ川をさかのぼり、次は隅田八幡宮へ。
石清水八幡宮から勧請された神社とのこと。

隅田八幡宮 本殿
隅田八幡宮の御朱印
さらに紀ノ川沿い、国道24号線をさかのぼり奈良県五條市に入り次は転法輪寺へ。
弘法大師が高野山に行く時に山人に会い、名を尋ねたら「丹生明神(丹生都比売大神)」と名乗り、山人が連れてきた白黒2犬を遣わせたのは「高野御子大神(狩場明神)」であると名乗ったそうである。(今昔物語集より)
ということで、大師と明神、仏と神が共栄する理想の仏閣として今まで続いているらしい。
境内にもその神社が建てられている。


転法輪寺 本堂

丹生狩場明神社
転法輪寺の御朱印
ちょうど梅の季節なので、西吉野町の賀名生(あのう)梅林に行ってみる。
五條市から国道168号線を吉野の方に走り、賀名生でちょっと山道に入ると、山腹にたくさんの紅白の梅の木が植えられている。
多くの観光客が来ていた。
2万本の梅が植えられているらしい。700年前の南北朝時代から公家たちが賀名生の梅の花を歌に詠んだということで、昔から有名だったみたい。

山腹に咲く梅を対岸から眺めることも出来、なかなか良い場所だ。
ミツバチを放していたり、茶屋も出ていたりした。

賀名生梅林
賀名生梅林
五條へ戻り、再びお寺へ。次は吉野川沿いの栄山寺。静かなお寺である。
奈良時代に藤原仲麻呂が建てた八角堂が国宝として境内にあり、由緒のあるお寺である。
梵鐘も国宝らしい。京都の神護寺、宇治の平等院の鐘と共に「平安三絶の鐘」として知られているもので917年の製作らしい。当初は山城道澄寺にあったものとか。

栄山寺 本堂
栄山寺 梵鐘
栄山寺 八角堂

栄山寺の御朱印
最後は金剛寺。吉野川を五條市街の方に少し戻ったところの川沿いにある。
西国薬師と関西花の寺の霊場でもある。昔は唐招提寺の長老の隠居の寺だったとか。
いろんな花があちこちに植わっているという話しを聞いた。また境内に大きな白檀の木もあった。

金剛寺
金剛寺の白檀
金剛寺の御朱印
今日はここで終わり。